「ウチは坊主の義足に名前をつけているんだよ〜」と先日
行われた義肢装具士学会前日のオフ会で、旦那が言うと
皆さんとても喜んで、坊主との友情の証に〜と言って
ご自分の義足に名前を…と考えてくれたりしている。
そこで、どうして我が家が義足に名前をつけたのか
今日はそれを書いてみようかなぁと思う。
ウチの坊主が1st義足を作り始めたのは、生後9ヶ月
やっとつかまり立ちができるようになった頃のこと。
仮あわせに行った際、義足を履かせた途端泣いた…
とにかく真っ赤な顔をして、全身で拒否反応。
「取りあえずこれで15分くらい遊ばせて見てください。」
と言われたプレイルームでもしゃくりあげるほど泣いた。
私は、もうそれが切なくて切なくて、今にも泣きそうで
装具士さんの顔を見られないほどだった。
帰りの車の中で、坊主が泣き疲れて眠ったのをミラーで
確認すると、涙が止まらなかった。こんな風にしか産んで
あげることのできなかった自分がとにかく情けなかった。
帰りに、実家によって母に泣きながら全部ぶちまけた。
今思えば、母に可哀想なことしたなぁと反省なんだけど
旦那が帰ってくるまでの何時間もの間、一人でこの思いを
抱えることは、その時の私にとって重すぎたのだ。
次の朝一番に、母から電話がかかってきた。
「お父さんもお母さんもかっちゃん(弟)もみんないるから
みんなでがんばって育てよう。みんなの大事な坊主だから」
と言うような内容。ありがたい…そして、散々話した最後に
「義足があれば、あなた達家族の世界は広がるよ。
だから、みんなで義足のことが好きになれるように
名前をつけてみたら?
とびっきりかわいい名前を2人で考えてごらん?」
と言われた。それから、義足が完成するまでの何日かは、
名前を考えることで、とても楽しい気分になれた。
そして、我が家に「いっしょくん」がやってきたのだ。
随分後になってから母に聞いたのだが、私が泣いて母に
愚痴ったことを弟に相談すると、弟はとても怒ったそう…
学校の先生をしている弟は、その頃かなり重い病気で
手術や入退院を繰り返している男の子の担任をしており
その家族の毎日を目の当たりにしていたので、私の甘さが
許せなかったそう…
普通の環境で育てたいなら、何があっても揺るがない
強い気持ちがなかったらだめだよ…
今でも時々釘をさされる。ホントにそうだと思う。
そんなこんなで我が家の義足は、今では家族の一員というか
坊主の体の一部になっている。幼稚園の時、先生にこの話を
かいつまんで話した所、先生達もいっしょくんという名前が
気に入ってくれてみんなでそう呼んでくれていた。
一度、義足のネジが幼稚園で外れてしまった時は、男の子
みんなで探してくれて、結局みつからなかったようで、
ご丁寧にセロテープ何重にもグルグル巻きでご帰還〜
なんてこともあった(笑
「おばちゃ〜ん、俺がいっしょくん修理しといたから」
得意げに言っていた威勢のいいあの子は、今は別の小学校
だけれど元気かしら?
「あぁあぁ〜〜〜すっげーなぁ」と言いながらセロテープを
笑顔で剥がす旦那の指先を見ていたら、又泣けてきた。
でも、コレはあの時車の中で流した涙とは全然違う…
笑ったり泣いたり、ホント忙しい家族だけど、これからも
いっしょくんは、我が家の大事な一員だし、坊主の
大切なお供なのだ〜〜〜。
ずらーーーっと書いてみて急に母の声が聞きたくなった。
甘えん坊な私だこと…(笑
遅ればせながらありがとうって、言ってみようかな?



